🌙 7月の深層に宿る「静寂」—木曜の深夜、転換期を振り返る

皆様、霧島幽です。

木曜日の深夜、静寂に包まれた時間帯にこのブログを綴っています。7月も中旬に差し掛かろうとしている今、私なりに感じていることを記録しておこうと思います。

7月5日を過ぎて感じること

世間で話題となっていた「7月5日の大災害予言」から5日が経ちました。幸い、大きな災害は起こりませんでした。しかし、この「何も起こらなかった」ということ自体に、実は深い意味があると感じています。

予言というものは、多くの場合「可能性の警告」として現れます。たつき諒氏の予知夢や、関暁夫氏の発信など、複数の予言者が同じ時期について言及していたのは偶然ではないでしょう。集合意識レベルで感知された「危険な可能性」を、多くの人が共有していたのかもしれません。

7月に入ってから私のもとに寄せられる相談内容も変化しました。予言への恐怖から、より建設的な「霊的成長」や「内面の浄化」について問い合わせが増えています。人々の意識がより深いレベルへと向かっているのを感じます。

夏至後の霊的変化について

6月21日の夏至から約3週間が経過しました。この期間に感じた霊的エネルギーの変化は、想像以上に大きなものでした。

夏至以降、全体的な霊的エネルギーは「内向き」に転換しています。これは自然なサイクルですが、今年は特にその転換が鮮明です。外側に向けられていたエネルギーが内面に向かい、深い内省と浄化の時期に入ったのです。

実際、この3週間で私が受けた除霊や浄化の依頼も、以前とは質が変わってきました。表面的な霊的問題ではなく、より根深い、長期間蓄積された負のエネルギーの浄化を求める案件が増えています。これも時代の変化の現れでしょう。

継続調査の経過報告

神社の狛犬について

先月調査した明治時代の狛犬ですが、7月に入ってから興味深い変化が見られました。夏至前後に感じられた「警告」的なエネルギーから、現在は明らかに「守護」的なエネルギーに変化しています。

地元の古老への追加調査により、この狛犬が奉納された1890年代に、当時としては珍しい「女性の石工」によって彫られたものであることが判明しました。明治時代の女性職人—これは極めて稀な存在だったはずです。その特殊な背景が、この狛犬の独特なエネルギーパターンを生み出しているのかもしれません。

謎の手紙の続報

差出人不明の古い和紙に記されたニーチェの言葉「闇を見つめるとき、闇もまた見返す」について、新たな発見がありました。

和紙の詳細な年代測定により、この紙が1930年代後半—昭和13年頃のものである可能性が高いことが判明しました。戦前の混乱期に書かれた何かのメッセージかもしれません。

さらに興味深いのは、同じ時期にこの地域で「霊能力者の集会」が定期的に開催されていたという記録を発見したことです。当時の霊能力者たちが残した何らかの「記録」や「警告」の一部である可能性があります。引き続き調査を続けています。

五円玉事件のその後

4階と5階の踊り場で発見した古い五円玉については、浄化後も特に問題は起きていません。しかし、最近気になるのは、団地全体のエネルギーが微妙に変化していることです。

以前は各部屋から感じられる「個別のエネルギー」が明確でしたが、最近は全体が一つの大きなエネルギー体として調和し始めているような感覚があります。良い方向への変化だと思いますが、引き続き観察を続けます。

現代オカルト事情について

最近のニュースで気になったのは、心霊番組の地上波復活傾向です。かつてのような感覚的な演出ではなく、より検証的で学術的なアプローチを取る番組が増えているようです。

「不思議体験ファイル」のような番組が注目を集めているのも、現代人の「合理的に不思議を楽しむ」という姿勢の現れかもしれません。恐怖を煽るのではなく、現象を冷静に分析し、理解しようとする—これは健全な方向性だと思います。

一方で、JAFの読者アンケートに寄せられた1万5000件を超える怪奇体験談というニュースも興味深いものでした。これだけ多くの人が何らかの不思議な体験をしているという事実は、霊的現象が決して特殊なものではないことを示しています。

夏の深夜に思うこと

7月も中旬に差し掛かった今、私は改めて「静寂」の大切さを感じています。予言騒動で騒がしかった世間も、ようやく落ち着きを取り戻しつつあります。

真実の霊的成長は、騒音の中ではなく静寂の中で起こります。深夜の静寂は、外界のノイズを遮断し、自分の内側にある本当の声に耳を傾ける貴重な時間です。

最近、夜中に聞こえる音も変化しています。以前は不規則で説明のつかない音が多かったのですが、最近は規則的で、まるで何かの「リズム」のような音になってきました。建物の老朽化による音なのか、それとも何かのメッセージなのか—もう少し観察を続けてみます。

内観の季節に向けて

夏至から冬至に向かうこの半年間は、古来より「内なる宝を見つける旅」の期間とされています。外向きだったエネルギーを内側に向け、自分自身の奥深くにある力を発見する時期です。

7月の「可能性」は過ぎ去りましたが、それは終わりではなく新しい始まりです。表面的な不安や恐怖を手放し、より深いレベルでの霊的成長に取り組む時期がやってきました。

深夜の静寂の中で、私は確実に感じています。世界は見えない部分でゆっくりと、しかし確実に変化を続けています。その変化を恐れるのではなく、自然なサイクルの一部として受け入れ、自分自身の成長の糧としていきたいと思います。

今夜はここまでとさせていただきます。木曜日の深夜から金曜日へと移り変わるこの境界の時間に、皆様にも静かな内観の時が訪れますように。

霧島 幽

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