8月の猛暑日に思考を巡らせる新たな設計思想
今日も東京は37度の猛暑日。こうした環境下で集中してデザイン作業をしていると、「誰もが快適に使える」ということの本質的な意味について改めて考えさせられます。
アクセシビリティファーストがもたらすパラダイムシフト
最近のプロジェクトで実感しているのは、アクセシビリティを後付けで考えるのではなく、デザインシステムの根幹に据える「アクセシビリティ主導設計」の重要性です。
従来の課題:後付けアクセシビリティの限界
多くのプロジェクトで見受けられるのは、デザインが完成した後に「アクセシビリティ対応」として色のコントラストを調整したり、代替テキストを追加したりするアプローチです。しかし、これは根本的な解決にはなりません。
問題点:
- 設計段階での考慮不足により、後から大幅な修正が必要
- 視覚的な美しさとアクセシビリティが対立関係として捉えられる
- 開発コストの増大とスケジュール遅延
新しいアプローチ:設計思想としてのアクセシビリティ
私が最近取り組んでいるのは、デザインシステムの最初期段階からアクセシビリティを組み込む手法です。これは単なる「配慮」ではなく、設計哲学そのものとして位置づけています。
具体的な実装例:
1. コントラスト比を基準とした色彩システム設計
従来の色選択は視覚的印象を優先していましたが、WCAG 2.1のAAA基準(7:1のコントラスト比)を満たすことを前提とした色彩システムを構築しています。
• プライマリカラー:#1a365d(ダークブルー)
• セカンダリカラー:#2d3748(チャコールグレー)
• アクセントカラー:#ed8936(アクセシブルオレンジ)
驚くべきことに、この制約があることで、より洗練された色彩設計が生まれることが分かりました。
2. 認知負荷を考慮したタイポグラフィシステム
読字障害(ディスレクシア)への配慮を基準とした文字組みシステムを構築しています:
- 行間:文字サイズの1.5倍以上
- 文字間隔:0.12em以上
- 段落間:2em以上
- 1行の文字数:45-75文字(日本語は22-35文字)
これらの基準に従うことで、すべてのユーザーにとって読みやすいテキストデザインが実現できます。
3. マルチモーダル情報設計
視覚、聴覚、触覚のすべてのチャネルで情報を伝達する設計を標準化しています:
- 視覚情報:アイコン + テキストラベル
- 聴覚情報:音声読み上げ対応のセマンティックHTML
- 触覚情報:適切なフォーカス管理とキーボードナビゲーション
実践から見えてきた予想外のメリット
1. デザイン決定の迅速化
アクセシビリティ基準が明確になることで、色や文字サイズの選択肢が絞られ、意思決定が格段に早くなりました。「この色は使えるか?」という議論がなくなったのです。
2. ユーザビリティの全体的向上
アクセシビリティを意識した設計は、障害の有無に関わらず、すべてのユーザーの体験を向上させます。例えば:
- 高コントラスト色彩:強い日差しの下でも視認性が確保される
- 大きめのタッチターゲット:手袋を着用していても操作しやすい
- 明確な情報階層:急いでいる時でも重要な情報を素早く見つけられる
3. 開発効率の向上
デザインシステムの段階でアクセシビリティが確保されているため、実装段階での修正が激減。結果的に開発時間の短縮につながっています。
2025年下半期のトレンド予測
この手法が注目される背景には、いくつかの社会的要因があります:
法的要求の高まり
ヨーロッパのEuropean Accessibility Act(2025年6月施行)や、日本での障害者差別解消法の改正により、アクセシビリティ対応は「あったらいい」から「必須」の要件に変化しています。
AIツールとの親和性
ChatGPTやCopilotなどのAIツールは、アクセシビリティ基準に準拠したコードの生成が得意です。アクセシビリティを標準とすることで、AI協働開発の効率が向上します。
ユーザー期待値の変化
Z世代を中心とした若い世代は、「すべての人が使える」サービスを当然の権利として認識しています。これは今後のデザイン要件において無視できない要素です。
実装への第一歩
既存のプロジェクトでこの手法を導入する場合、以下のステップがおすすめです:
フェーズ1:現状評価(1-2週間)
- 既存デザインのアクセシビリティ監査
- 主要な問題点の特定
- 優先順位の設定
フェーズ2:基準策定(1週間)
- プロジェクト固有のアクセシビリティ基準作成
- カラーパレットの再構築
- タイポグラフィシステムの調整
フェーズ3:段階的実装(4-6週間)
- 高頻度利用コンポーネントから順次対応
- チーム内でのガイドライン共有
- 実装後の効果測定
まとめ:制約から生まれる創造性
「制約は創造性を殺す」という考えは、デザイン業界でよく聞かれます。しかし、アクセシビリティ主導設計に取り組んでみて実感したのは、むしろ逆だということです。
明確な制約があることで、その範囲内で最大限の表現を追求する創造的な思考が刺激されます。結果として、より多くの人に愛され、長く使われるデザインが生まれるのです。
Miyu Canvas
次回は、このアプローチを使った具体的なコンポーネント設計例を詳しく解説予定です。